高校野球神奈川県大会、決勝は東海大相模vs横浜

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全国最多の186校の頂点を決める激戦区、神奈川県の決勝戦が行われました。
決勝戦の舞台、横浜スタジアムには、試合開始の数時間も前から長蛇の列でした。

2年連続の出場を賭ける東海大相模と、この夏限りで勇退が決まっている名将、渡辺元智監督の横浜の対戦という神奈川屈指のライバルカードでした。

さて、その結果は。

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高校野球神奈川県大会、決勝戦

夏の甲子園を目指す高校野球神奈川大会の決勝が7月28日(火)、横浜スタジアムで行われました。

結果は、東海大相模高が横浜高を、9-0で下し、2年連続10度目の甲子園出場を決めました。

東海大相模のエース、左腕の小笠原慎之介投手は、最速150キロをマークするなど7安打、完封ピッチングでした。
この夏を限りに勇退する横浜の渡辺元智監督(70歳)は、その花道を甲子園出場で飾ることができませんでした。

高校野球神奈川県大会の優勝は東海大相模

東海大相模が、一躍有名のなったのは、現読売ジャイアンツ監督原辰徳の時代でしょうね。
東海大相模は、1965年に福岡の三池工高を夏の甲子園初出場初優勝に導いた原貢を監督に招き、1970年の夏の甲子園で初優勝しました。
1974年には、息子の原辰徳との親子鷹でベスト8に進出しました。

東海大相模、夏の甲子園、成績

昭和44年(1969年) 初出場、初戦で敗退。
昭和45年(1970年) 決勝戦でPL学園を10-6で破り、初優勝を飾りました。
昭和47年(1972年) 1回戦で敗退。
昭和49年(1974年) 原辰徳を擁したこの年、準々決勝で鹿児島実業に延長15回、4-5で敗れました。
昭和50年(1975年) 準々決勝で、上尾高に4-5で敗れました。
昭和51年(1976年) 2回戦で敗退。
昭和52年(1977年) 1回戦で敗退。
この間、夏の甲子園は出場なし
平成22年(2010年) 決勝戦で興南(沖縄)に1-13で敗れ、準優勝。
平成26年(2014年) 初戦敗退。
平成27年(2015年) 2年連続出場の今年は?

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主な出身プロ野球選手

原辰徳 読売ジャイアンツ、現読売ジャイアンツ監督
津末英明 日本ハムファイターズ・読売ジャイアンツ
森野将彦 中日ドラゴンズ
菅野智之 読売ジャイアンツ
田中広輔 広島東洋カープ

高校野球神奈川県大会、横浜高校

横浜高の渡辺元智監督は、この試合を最後に48年の監督生活にピリオドを打つことになりました。
甲子園では、春夏5度の全国制覇、27度出場し通算51勝しています・
通算勝利数51勝は、歴代3位タイの記録です。

渡辺元智監督は、1965年、20歳の時に横浜高のコーチに就任し、1968年から監督を努めています。
1973年、選抜で初優勝。
1998年には、松坂大輔を擁して甲子園春夏連覇、明治神宮大会、国体の4冠を達成しました。

渡辺元智監督は、1989年には胃かいようで長期入院し、2年間部長を務めた時もありました。
2004年には脳梗塞で倒れ、近年はストレスから腰痛やメニエール症候群も発症しています。
ここらあたりが、監督を続けられないという思いに至ったのでしょうか。

渡辺元智監督の後任には、現在部長の平田徹(32歳)が指揮をとります。
ずいぶん若返りますね。

高校野球 神奈川県大会

甲子園出場する東海大相模の注目選手は、
高校No.1ともいわれる、左腕・小笠原慎之介投手と右腕・吉田凌投手でしょうね。

この2人で、久しぶりの優勝を目指すということですかね。

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